2026-10-09
目次は以下の通りです。
- はじめに 海賊とは何か
- 凡例
- 序章 海賊との遭遇
- 第一章 藤原純友の実像
- 第二章 松浦党と倭寇
- 第三章 熊野海賊と南朝の海上ネットワーク
- 第四章 戦国大名と海賊――西国と東国
- 終章 海賊の時代
- 文献・資料一覧
- あとがき
『海賊の日本史』ここまでの要約
本書は、日本史に登場する「海賊」を、一般にイメージされるパイレーツとは区別し、その実像と歴史的変化をたどろうとするものである。
現代の「海賊」という言葉には、大きく二つの意味が混在している。一つは、日本史の史料に実際に登場する海上勢力としての海賊。もう一つは、カリブ海のパイレーツなどを含む、海上で非法行為を行う武装勢力一般である。明治・大正期に pirate が「海賊」と翻訳されたため両者のイメージが重なったが、日本史上の海賊は、パイレーツとは異なる歴史的・社会的背景を持つ存在として考える必要がある。
とりわけ重要なのは、海賊が単純に船を襲い略奪するだけの存在ではなかったことである。戦国期の瀬戸内海では、海賊が航行する船の安全を保証する場合もあり、そのための独自の仕組みも作られていた。そこでは海賊の家紋を示した「帆章旗」などが、航行の安全を保証する重要な役割を果たした。こうした具体的な船舶との交渉から、海賊の多面的な姿を明らかにするのが序章の狙いである。
第一章では、古代を代表する海賊として藤原純友を扱う。従来、純友は平将門と並ぶ反乱者・海賊の首領として理解されることが多かったが、近年の研究によってそのイメージは変化している。純友は当初から海賊を率いていたわけではなく、ある時期まではむしろ海賊を取り締まる側にいたことが明らかになってきた。本書では、こうした研究成果を踏まえて純友像を再検討する。
第四章では、戦国時代に海軍・水軍としての性格を強めていく海賊と戦国大名との関係を扱う。中心となるのは瀬戸内海の村上氏で、能島・来島・因島の三家それぞれの特徴や、各地の戦国大名との関係、主要な海戦などを検討する。また、村上氏だけでなく、その周囲に存在した多様な海上勢力にも目を向ける。
終章では、各章で扱った著名な海賊だけでなく、史料に断片的にしか姿を現さない勢力も含め、古代から中世に至る海賊の歴史全体を振り返る。その際、海賊を主として
- 土着的海賊
- 政治的海賊
- 安全保障者としての海賊
- 水軍としての海賊
という類型から捉え、時代とともにその役割や性格がどう変化したのかを考察する。また、海賊の時代が終わった後にも、造船・航海術・捕鯨などの技術や、「海へ乗り出す」精神などに海賊の遺産が残った可能性を考える。
本書のもう一つの特徴は、海上で活動した勢力を何でも「海賊」や「水軍」と呼ぶ立場を取らないことである。著者は、史料上で実際に「海賊」と呼ばれている存在を重視し、海賊という概念を比較的限定して使用する。
あとがきから分かる著者の研究姿勢
著者の海賊研究は、最初から日本全国の海賊を研究しようとして始まったものではない。出発点は瀬戸内海の地域史研究であり、その中で村上氏をはじめとする中部瀬戸内海の島々を拠点とした海上勢力を研究するようになった。
その研究を進めるにつれて、「そもそも海賊とは何なのか」という問題が浮かび上がった。海賊は時代や地域によって非常に異なる姿を示すため、一つの定義だけで統一的に理解することが難しかったからである。
そこで本書では、個々の史料をさらに細かく掘り下げるだけではなく、研究対象を広げる方法を選んだ。瀬戸内海だけでなく、
- 平安時代以来の古代・中世の海賊
- 関東の江戸湾(東京湾)周辺
- 紀伊半島南部の熊野沿岸
- 九州西方など
各地の海上勢力を比較することで、「海賊とは何か」をより広い視点から捉え直そうとしている。
つまり本書は、瀬戸内海の村上氏研究から出発し、日本各地・各時代の海賊を比較することで、海賊という存在そのものの歴史的変化を描こうとした研究である。
なお、あとがきで出てきた地名は、おそらく 「伊予国弓削島荘」 です。読みは 「いよのくに・ゆげしまのしょう」。現在の愛媛県上島町周辺にあった荘園を指す名称です。今回読み上げられた「作物の作」に聞こえた字は、おそらく 「削」 で、「弓削(ゆげ)」となります。