- はじめに
- 第一章 中央市場・大坂の誕生
- 第二章 大坂米市の誕生
- 第三章 堂島米市場の成立
- 第四章 米切手の発行
- 第五章 堂島米市場における取引
- 第六章 大名の米穀検査
- 第七章 宝暦十一年(一七六一年)の空米切手停止令
- 第八章 空米切手問題に挑んだ江戸幕府
- 第九章 米価低落問題に挑んだ江戸幕府
- 第十章 江戸時代の通信革命
- おわりに
※音声入力上、「宝暦十一年」を「法歴十一、1771年」と認識している可能性があります。宝暦11年は 1761年 です。
要約
本書は、江戸時代の大坂・堂島米市場を題材に、市場経済が発達していく過程と、それを江戸幕府がどのように統御しようとしたのかを描くものである。主眼は「江戸時代の日本には世界的にも先進的な市場が存在した」と称賛することではなく、市場経済の利便性と危険性に対して、当時の人々がどう向き合ったかを考察することにある。
堂島米市場では、実物の米そのものだけでなく、大名が年貢米を売却する際に発行した「米切手」が取引された。米切手はいわば米との交換券であり、重くかさばる米俵を直接移動させることなく売買できる便利な証券だった。
この仕組みは商人だけでなく大名にも有利だった。米切手を発行すれば、まだ手元にない米についても先に資金を得ることができる。そのため大名の中には、実際に大坂に保管している米の量を超えて米切手を発行する者も現れ、それが常態化していった。
さらに堂島では米切手の先物取引まで発達した。現物の受け渡しを前提とせず、帳簿上の「建物米」という指数を取引する仕組みも成立し、堂島米市場は世界最古級、あるいは世界初の組織的な先物市場として海外でも注目されている。
しかし、市場の発達は問題も生んだ。
- 財政難の大名が、交換能力を超えて米切手を発行する。
- 少しでも高く米を売るため、大名が年貢米の品質管理を厳しくする。
- その結果、農民は米の量だけでなく品質についても負担を強いられる。
- 先物市場には投機資金が流入し、実物の米とは離れた価格形成が進む。
- 儒学者の中井竹山のように、先物取引を「不実商」「虚商」「空商」として博打同然だと批判する者も現れた。
つまり堂島米市場は、金融技術の発達した市場であると同時に、過剰発行、信用問題、投機、価格形成、実体経済への影響といった、現代の金融市場にも通じる問題を抱えていた。
江戸幕府は市場をどう考えたか
本書が特に注目するのは江戸幕府の対応である。
幕府は市場について最初から十分な知識を持っていたわけではない。しかし、市場で起こる問題を経験しながら学習し、その知識を政策に取り込んでいった。
幕府の基本姿勢は、
市場はそれ自体が尊重されるものではなく、社会的な目的を達成するための手段である
というものだった。
堂島米市場の取引を認めたのも、自由な市場そのものを価値あるものと考えたからではない。究極的には**「米相場をよろしくする」=米価を望ましい状態にする**ためであった。
その目的に沿っている限り、市場取引を認め、取引秩序も保護する。しかし市場が目的から逸脱すれば、幕府は規制や停止、場合によっては廃止さえ辞さなかった。
ここに本書は、現代の市場経済を考えるための重要な示唆を見る。
市場で売り手と買い手の双方が合意していれば、それだけですべての取引が正当化されるのか。著者は現代のコンサートチケット転売問題を例に、江戸幕府ならばそのような考え方を単純には受け入れなかっただろうと論じる。
デリバティブ取引や証券取引を含め、市場制度はあくまで人々の生活をより良くするための仕組みであり、市場原理そのものを**「金科玉条」**として扱うべきではない、というのが本書の問題提起である。
**金科玉条(きんかぎょくじょう)**とは、「絶対に正しいものとして守るべき規則・原則」という意味。ここでは、「市場原理を絶対視してはいけない」という意味で使われている。
堂島米市場の終焉
幕末から明治初頭になると、政治的不安定も重なり、堂島米市場では投機色が強くなった。
先物の満期日に、先物価格と現物米価格が一致しない「鞘開き」が頻発する。例外的に米切手を実際に受け渡す現物決済も認められていたが、それでも問題を抑えられなくなった。
明治2年(1869年)、従来型の堂島米市場は停止される。
明治4年(1871年)には「堂島米会所」として再出発するが、そこでは満期時の現物受け渡しが原則となった。これによって、現物の受け渡しを想定せず指数だけを帳簿上で取引する江戸期の先物市場は姿を消した。
著者は、指数を対象とする先物取引が日本の主要市場に再び登場するのは、1988年の日経225先物やTOPIX先物まで待たなければならなかったと指摘する。それほど江戸期の堂島市場は先鋭的な仕組みを持っていた。
本書全体の問題意識
本書が描こうとしているのは、
「江戸時代の市場はすごかった」という成功物語ではない。
むしろ、
市場を利用する
↓
市場が発達する
↓
新しい問題が発生する
↓
幕府が規制する
↓
市場側も変化する
↓
幕府もさらに学習する
という、市場と政策主体の継続的な相互作用である。
江戸幕府は必ずしも成功し続けたわけではない。それでも、市場と対話しながら「何のために市場を存在させるのか」を問い続けた。その試行錯誤には、現代の金融市場や市場規制を考えるうえでも参照すべきものがある、と著者は評価する。
最後に著者は、こうした江戸時代の市場運営や金融政策の経験が、明治以降の日本にどこまで継承されたのかという問題を提示する。
明治維新後、西洋の制度や学問が急速に導入される一方、江戸時代固有の知識や経験は「古いもの」として軽視された可能性がある。ベルツの日記に記された、明治初期の日本人が自国の過去を否定し、西洋の新制度を無条件に高く評価しようとする姿勢も、その問題を象徴するものとして紹介されている。
したがって本書は堂島米市場の歴史を通じて、
市場を自由にすべきか、規制すべきかという二者択一ではなく、「何のための市場なのか」という目的から市場制度を考える必要がある
という問いを読者に投げかけている。