- 海賊国家イギリスの誕生
- 国家はいかにして豊かになるのか
- 教科書とは異なるイギリスの成長戦略
- 海洋国家・海賊国家としての発展
- エリザベス1世と海賊
- 略奪王フランシス・ドレイク
- 海賊から国民的英雄へ
- エリザベス女王と側近による海賊利用
- 国家権力の先兵としての海賊
- スペイン無敵艦隊との戦い
- イギリスとスペインの海洋覇権争い
- 小国イギリスはいかにして大国スペインを破ったか
- 海戦における海賊の役割
- スパイス貿易と東インド会社
- 薬品として珍重された香辛料
- ヨーロッパ諸国による貿易戦争
- 海賊・冒険商人と貿易会社
- 東インド会社設立への道
- コーヒー・紅茶と海賊貿易
- 富裕層の嗜好品となったコーヒーと茶
- 海賊によるコーヒー貿易
- 紅茶貿易の拡大
- 16~19世紀の社会・経済の変化
- ロイズ、トワイニングと海賊の歴史
- 砂糖・奴隷貿易とカリブ海
- 高価な商品としての砂糖
- カリブ海の砂糖生産
- アフリカ系奴隷の需要
- イギリス商人による密輸
- 女王と海賊の結びつき
- 海賊とは何か
- 現代国際法における海賊行為
- 16世紀には存在しなかった現在の「公海」「領海」の概念
- パイレーツ、シードッグ、バイキング、コルセア、バッカニア
- 水軍・倭寇など地域ごとの海賊
- 探検家・冒険商人・私掠船員と海賊の境界
- 16世紀を読むための前提
- 「イギリス」と「イングランド」
- スペインとポルトガル
- 宗教と暦の違い
- 史料によって異なる事件の日付
- 海賊から見る世界史
- 犯罪者はなぜ英雄になったのか
- 国家権力と海賊の相互依存
- 二流国家から一流国家へ
- 欧米社会に残る海賊像
- 現代の「海賊魂」とビジネス
- シティに残る海賊ビジネスの系譜
- あとがき――海賊の実像を求めて
- 現代海賊研究から16世紀史への寄り道
- 国際政治研究者が歴史研究へ踏み込む葛藤
- 『パイレーツ・オブ・カリビアン』と海賊への関心
- 海賊を英雄化する欧米文化
- ジャマイカ、プリマス、ロンドンなどへの現地調査
- 海賊を通じて世界史を見直す試み
要約
本書は、16世紀のイギリスが海賊を国家戦略の一部として利用し、海洋国家・貿易国家へ成長していった過程を描く。海賊を単なる犯罪者としてではなく、国家権力と結びつきながら海外進出、戦争、貿易、密輸などを担った存在として捉え直すことが中心テーマである。
一般的な世界史では、国家の発展は農業の近代化、産業革命、領土拡大、保護貿易・自由貿易、市場経済化などを通して説明される。しかし16世紀のイギリスは、それとは異なる方法でも国力を伸ばした。エリザベス1世の時代、国家は海賊たちを利用し、スペインなどの競争国に対する略奪や攻撃を事実上の国家戦略として組み込んでいった。
その象徴がフランシス・ドレイクである。海賊として活動した人物が国家に利用され、やがて国民的英雄となった。海賊たちは戦時には軍事力としても働き、とりわけスペイン無敵艦隊との戦いでは、イギリスが大国スペインに対抗するうえで重要な役割を果たした。
さらに海賊の活動は戦争だけにとどまらず、貿易にも広がった。香辛料、コーヒー、紅茶、砂糖などの商品をめぐってヨーロッパ諸国が競争する中、海賊や冒険商人の活動はやがて組織的な商業へと発展する。そこから東インド会社のような巨大な貿易組織が生まれ、イギリスはインド洋、東南アジア、中国などへ活動範囲を拡大していった。
またカリブ海では、砂糖生産に必要な労働力を供給するため、アフリカ系奴隷の売買や密輸にもイギリス商人が関与した。ここでもエリザベス女王と海賊・商人との関係が現れる。したがって、イギリスの海外進出の歴史は、交易の発展だけでなく、略奪・密輸・奴隷貿易といった暴力的な経済活動とも不可分だった。
本書はさらに、「海賊」という概念自体が歴史的に一定ではないことを指摘する。現代では国連海洋法条約によって、公海上で私的目的のために行われる不法な暴力・抑留・略奪などが海賊行為と定義される。しかし16世紀には現在のような国際法、公海、領海という制度そのものが確立していなかった。そのため、パイレーツ、シードッグ、バイキング、コルセア、バッカニア、日本の水軍や倭寇など、地域や時代によってさまざまな呼称と位置づけが存在した。
イギリスの場合には、同じような海上活動をする人物でも、海賊、探検家、冒険商人、私掠船員など、国家との関係によって呼び方や評価が変化する。本書ではこうした複雑な分類を厳密に分けず、海上で略奪行為を行う者を広く「海賊」として扱っている。
著者の根本的な問題意識は、なぜ本来は犯罪者である海賊が、イギリスや欧米では英雄や冒険者として美化されてきたのかという点にある。『パイレーツ・オブ・カリビアン』や「カリブの海賊」、さらには『ONE PIECE』のような現代文化にも、海賊を自由・冒険・挑戦の象徴として描く文化が残っている。著者は、その背景には海賊が国家の形成や海外進出、商業の発展に実際に大きな役割を果たしてきた歴史があると考える。
その影響は現代の経済用語にも残り、「海賊魂」は既存の秩序に挑戦する企業家精神やフロンティア精神を表す場合がある。イギリスの金融街シティも、海賊・冒険商人・海上貿易と深い関係を持って発展したという観点から、著者は現代のグローバルビジネスと16世紀の海賊活動との連続性を見いだしている。
あとがきでは、もともと著者は現代の海賊を研究する予定だったが、「そもそも海賊とは何なのか」という疑問を追究した結果、研究対象が16世紀まで遡ったことが語られる。専門である国際政治から16世紀イギリス史へ踏み込むことへのためらいを抱きながらも、国家と海賊が相互依存し、二流国家だったイギリスが世界的な海洋国家へ向かい始める転換点が16世紀にあったため、研究を進めた。
そして著者は、文献だけでなく、ドレイクの故郷タビストック、港町プリマス、ロンドン、ジャマイカ、広州、コルカタなど、海賊や東インド会社に関係する土地を実際に訪ねている。本書は最終的に、海賊史そのものを描くだけではなく、海賊という周縁的な存在から世界史を見直し、国家・暴力・商業・英雄像がどのように結びついてきたのかを明らかにする試みとなっている。
一文でまとめると
16世紀イギリスは、海賊という非公式な暴力・商業装置を国家権力と結びつけることでスペインに対抗し、海外貿易を拡大し、後の海洋帝国・金融国家へ発展する基盤を築いた――本書はその歴史から、なぜ海賊が犯罪者でありながら英雄として語られてきたのかを読み解く。