2026-10-04
§ 冒頭
読書する目的
- 思考体力をつけること
- 気づける力
- 過去との情報と比較して、今との差分を認識する
自分なりの?なんだっけ?
情報の価値が下がる中、価値を生み出すのは、自分なりの文脈に気づき、情報を位置付けられる人。
→ 新しい時代の教養 = 持続可能な教養
→ この話はAIにマイコンテキストを伝えることにも繋げる
→ クウキデザイン
2026-10-12
ch. 6
著者は「読書」が感性(センス)を鍛え・磨く方法の1つになりえると考えている。特に、これからの時代はインタラクティブが重要で、対になるような概念「あっち」と「こっち」を往き来し続けることで、双方の概念を拡張していくような考え方。
「あっち」と「こっち」
- 人間↔ロボット(AI)
- 人↔動物(人以外)
- 具体↔抽象
- 具体的な「何か」でなくても、「具体」と「抽象」という概念そのもの自体も「あっち」と「こっち」と言えそう
ch.1で紹介された世阿弥の『風姿花伝』にてつい
双方の概念を拡張していくというのは、著書の手から離れた文章について様々な解釈を加えてそれが膨張してい様にも似ている
§ ドラえもんが投げ売りされる時代に
- 1970年代の神様であり、のび太が泣きつけば、ドラえもんが何でも未来の道具で解決してくれる「神頼み」のお話
§ SF小説は音楽を聴くノリで読む
- その世界観独自のリズムやフレーズを音楽的に聴くEDM
§ 本を読んでから映画を観る方が「抽象度」をキープ出来る
- SF作品でも『アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?』は文学的
- 映画版『ブレードランナー』
- 本で先に読む or 映画を先に観る
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本で先に読むほうが抽象度が維持される
- 映像だと「◯◯はこういうことだ!」という形で具体強制されてしまうのだろう
- 一度見てしまうと、違った表現を想像しにくくなる
- その分だけ、表現的選択肢はなくなり抽象的概念から遠のく
- 映像だと「◯◯はこういうことだ!」という形で具体強制されてしまうのだろう
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- 感性(センス)が価値を決める時代だからこそ必要
- 普段の仕事と関係のない分野で鍛え・磨く
- → 第4章